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神戸地方裁判所 昭和24年(行)3号 判決

原告 田中修

被告 神戸市須磨区農地委員会・兵庫県農地委員会

一、主  文

原告の被告神戸市須磨区農地委員会に対する訴を却下する。

原告の被告兵庫縣農地委員会に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告神戸市須磨区農地委員会が原告の申し立てた異議について昭和二十三年十月十六日なした却下決定及び同委員会が神戸市須磨区白川字竹の下四四二番地田一反四畝一八歩について昭和二十三年十月一日なした買收計画を取消す、被告兵庫縣農地委員会が昭和二十三年十一月二十九日なした右買收計画に対する承認を取消す、訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、本件農地は原告の所有(ただし登記簿上は亡父田中定太郎名義)に属するものなるところ、被告神戸市須磨区農地委員会(以下被告須磨農委という)は昭和二十三年十月一日自作農創設特別措置法(以下自作法という)第三條の規定に基いて買收計画をたてたので、原告はこれに対し異議の申立をなしたが、被告須磨農委は昭和二十三年十月十六日却下の決定をなし、同決定書は同年十月二十二日原告に送達せられた。しかして被告兵庫縣農地委員会(以下縣農委という)は同年十一月二十九日右買收計画を承認し、原告は昭和二十四年一月八日右承認の事実を知つた。しかしながら本件農地の買收計画は次の理由により違法のものである。すなわち、(一)前記買收計画は原告及び関係者ら間に昭和二十三年六月二十一日作成された別紙覚書によつて定められたものであるが、元來自作法は強行法であるから、農地の買收計画は同法の規定する手続に從つてたてらるべきものであつて、その間私的取引による処理の入り込むことは許されないものである。よつて自作法に根拠を有しない右覚書に基いてたてられた買收計画は違法である。(二)仮にしからずして私的の処理が許されるとしても、右覚書の第三項は本件農地に関する契約條項であるところ、同條項の対象の一つとなつている神戸市須磨区白川字宇田五二二番三畝一八歩の耕作権者岡田ヤスエは覚書に署名、捺印していないから、右條項はその主要当事者の合意を欠く無効のものである。(三)にしからずとするも、原告はもと永年小学校訓導をしていたが、退職後は專ら農業を営み、妻竹枝のほか長女咲子(当二五歳)を頭に二男、三女をようして自作田三反二畝と小作田七畝一八歩によつて生計をたてているのであるが、インフレ下の現在その生活は極めて苦しい状態である。そこで原告は昭和二十年中本件農地の内一反を右の事情を訴えて小作人岡田辰次郎から返還を受け、自ら昭和二十一年度の稻作をしたのであるが、その後岡田は不法にも暴力を以つて再度右農地を占有、耕作したから、原告は神戸簡易裁判所に岡田を相手方として仮処分の申請をなし、昭和二十三年五月十五日岡田に対する立入禁止等の仮処分を受けて、以來原告において右農地の耕作をつゞけてきた。ところで被告須磨農委は本件農地について、昭和二十二年十一月六日買收計画をたてたが、その後これを取消し次で昭和二十三年四月十三日再び本件農地について買收計画をたて、これに対してなした原告の異議も却下したので、原告はさらに被告縣農委に訴願したところ被告須磨農委の有力者は前記覚書の当事者である小作人らと一体となつて原告に圧迫を加え、原告が本件農地を引続き耕作するならば村八分となし、年頃の娘は嫁に行けなくしてやる等と申向けて執ように右覚書の調印を迫つたのである。一方原告は昭和二十三年三月頃進行性麻痺症に罹り、同年六月初めから病勢著しく進行したのに加えて、妻竹枝も同年五月末より重なる心労のため臥床するの悲運に見舞れ、僅かに長女咲子を助けとして関係者らに対抗していたのであるが、ついに及ばずして前記の日に右覚書に署名、捺印するの止むなきに至つたのである。これを要するに、右覚書による契約は全く関係者らの強迫によつたものであるから、原告は昭和二十三年九月上旬から同月十八日までの間に関係者らに対し口頭を以つて右の瑕疵を理由としてこれを取消す旨の意思表示をなしたから、右覚書による約定は原告との間においてはすべて無効となり、ひいては右覚書に基く前記買收計画も違法に帰したものである。(四)しかも本件農地は自作法第三條第一項第二号及び第六條の二第二項の規定に照しても全く買收性を欠くものである。以上の次第であつて、被告須磨農委のたてた買收計画は違法のものであり、從つてこれを正当とする同委員会のなした右異議の却下決定及び被告縣農委のなした右買收計画の承認はいずれも違法のものであるから、これが取消を求めるため本訴に及んだと述べ、被告須磨農委の答弁に対し、原告は昭和二十三年十月二十四日弁護士福本貞義に前記異議の却下決定に対する訴願の提起方を依頼し、同弁護士は所定期間内である同年十一月八日被告須磨農委を経由して被告縣農委に訴願書を提出してくれた筈であつたが、その後被告縣農委からなんの應答もなかつたので、原告は同年十一月二十四日福本をたずねてその経過をたゞしたところ、同人は原告から依頼を受けるとともに直に訴願書の原稿を作成し、これを不川信三に淨書させ、さらに不川はこれを速達郵便を以つて経由廳たる被告須磨農委にあてて発送したことが判明した。よつて原告は翌日被告縣農委及び被告須磨農委に到り、訴願書の到達についてたゞしたところ、いずれも訴願書は到達していないとのことであつた。しかしながら被告須磨農委は先に昭和二十二年十二月中にも本件農地についてたてた前記第一回目の買收計画に関して原告が提出した訴願書を握り潰したことがあつたので、原告は又々被告縣農委において訴願書を握り潰した形跡ありとし直ちに縣農委に到り右の事情をつげて救済方法の教示を求めたところ、再度訴願書を提出せよとのことであつたので同年十二月一日自ら訴願書を作成してこれを被告縣農委に提出したのであるが、同年十二月二十六日に至つて被告縣農委から被告須磨農委において所定期間内に訴願書を受理した事実がない以上、原告から被告縣農委に直接提出した前記訴願書はこれを受理し難いとして不受理を言い渡されたのである。右のような事情の下にあつては本訴の出訴期間は昭和二十三年十二月二十七日から起算するを相当とするから、昭和二十四年一月十九日提起された本訴の適法であることはもちろんであると述べた。(立証省略)

被告ら指定代理人は被告須磨農委の主張として、まず原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として、原告は本件農地について昭和二十三年十月一日たてられた買收計画に対し、原告から申し立てた異議について、被告須磨農委が昭和二十三年十月十六日なした決定の取消を求めているが、同決定書が原告に送達せられたのが同年十月二十二日であることは、原告の自ら認めているところである。從つて自作法第四十七條の二の規定に基いて原告は本訴を同日から一箇月以内に提起しなければならないにも拘らず、原告は本訴を昭和二十四年一月十九日に提起しているから、出訴期間経過の故を以て却下を免れないと述べ、次に本案について、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、被告縣農委の答弁の内関係部分を援用すると述べ、被告縣農委の主張として原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中、被告須磨農委が昭和二十三年十月一日原告所有に係る本件農地について買收計画をたてたこと、原告がこれに対し異議の申立をなしたところ、被告須磨農委は昭和二十三年十月十六日却下の決定をなし、同決定書が同年十月二十二日原告に送達せられたこと、被告縣農委が昭和二十三年十一月二十九日右買收計画を承認し、原告が右承認あつたことを昭和二十四年一月八日に知つたこと及び原告と関係者ら間に昭和二十三年六月二十一日原告主張のような覚書が作成されたことは認めるが、訴願に関する事実及びその余の事実はこれを爭う。(一)原告は本訴において被告縣農委が昭和二十三年十一月二十九日なした承認の取消を求めているが、自作法第八條の規定による右承認行爲は、下級廳たる被告須磨農委から上級廳たる被告縣農委に対してなされた買收計画承認の申請に應じてなされたものにして、行政廳相互間の内部的な行爲に過ぎないものであり、この行爲によりなんら直接、具体的に第三者の権利を侵害するものではない。換言すると、かかる行爲は所謂抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないものであるから、原告の請求はその対象を欠くものとして棄却せらるべきである。(二)仮にしからずとするも、被告須磨農委が前記買收計画をたてるに際しては、十分自作法第一條及び第六條第四項の規定の趣旨を勘案しているものであつて、原則として地主たる原告には保有小作地の選択権はないのであるが、一應人情的な立場から原告の希望、意見を聽取することとし、原告の希望の表示とみられる右覚書を参考としたに過ぎないものであつて、右買收計画は覚書の内容に拘束されたものではない。そのうえ本件農地は岡田辰次郎の耕作する小地として、自作法第三條第一項第二号により適法に買收計画がたてられたものであり、所定期間内に訴願の提起がなかつたが故に被告縣農委は右買收計画を承認したものである。從つてこの点からも原告の請求は失当であると述べた。(立証省略)

三、理  由

まず被告須磨農委に対する訴の適否について判断する。自作法第四十七條の二の規定によると、同法による行政廳の処分で違法なものの取消又は変更を求める訴は、当事者がその処分のあつたことを知つた日から一箇月以内にこれを提起しなければならないことが明かである。しかして、本件農地の買收計画に対し、原告から申し立てられた異議について、被告須磨農委が昭和二十三年十月十六日却下の決定をなし、同決定書が同年十月二十二日原告に送達せられたことは原告の自ら主張するところであつて、本訴提起の日が所定の一箇月を経過した後の昭和二十四年一月十九日であることは記録上明かである。しかるところ原告は本訴を期間内に提起できなかつたのは、原告において右決定に対する訴願の提起方を弁護士福本貞義に依頼し、同弁護士はこれに應じて昭和二十三年十一月八日訴願書の原稿を作成し、不川信三がこれを淨書のうえ被告須磨農委に郵送したところ、同委員会ではこれを受領しながら默殺し、被告縣農委に取つがなかつたためである趣旨の主張をなしているから、進んでかかる事実があつたかどうか、あつたとするならば民事訴訟法第百五十九條にいう責に帰すべからざる事由に該当するかどうかについて考える必要がある。証人福本貞義の証言により成立が認められる甲第五号証の一、二(不川信三作成の報告書)には、不川が訴願書を被告須磨農委にあてて郵送した旨の記戴があるけれども右はたやすく信用し難し、他にこれを認めるに足る証拠はない。却つて前記証人福本の証言により成立を認める甲第四号証、証人吉富壽人の証言に、右福本の証言の一部を総合すると、原告は被告須磨農委から決定書の送達を受けるとともに、妻竹枝を通じて弁護士福本貞義に右決定に対する訴願の提起方を依頼し、福本はこれに應じて昭和二十三年十一月八日訴願書の原稿を作成して、当時同弁護士事務所の手傳をしていた不川信三に、これを淨書して被告須磨農委に持参、提出するように命じたこと、しかるに不川はその後これを被告須磨農委に持参もせず、又郵送もしなかつたもので、從つて被告須磨農委には右訴願書は到達していないことを確認するに十分である。それ故被告須磨農委が不法に訴願を默殺したという原告の主張は理由がない。しかのみならず、その主張するところによれば、原告は昭和二十三年十一月二十五日被告縣農委をたずねて訴願書の到着していないことを知り、再度訴願書を提出し、同年十二月二十六日に至つて被告縣農委から右訴願書はこれを受理することができないと言渡されているのであるから、たとえその間に原告の責に帰すべからざる事由が存したとしても、同日以降はその事由は既に止んだものというべきところ、原告が本訴を提起したのは、前記のように昭和二十四年一月十九日であつて、同日から一週間以上を経過したのちであるから、前記民事訴訟法の規定による救済はしよせんこれを求め得ないものである。以上要するに原告の被告須磨農委に対する訴はいかなる点からみても出訴期間経過の故を以つて不適法として却下すべきものである。

次に被告縣農委に対する原告の請求について判断する。被告須磨農委が昭和二十三年十月一日原告所有に係る本件農地について買收計画をたてたこと、原告がこれに対し異議の申立をなしたところ、被告須磨農委は昭和二十三年十月十六日却下の決定をなしたこと及び被告縣農委が昭和二十三年十一月二十九日右買收計画を承認し、原告が右承認のあつたことを昭和二十四年一月八日に知つたことは当事者間に爭がない。しかしながら自作法第八條の規定により縣農地委員会がなす承認行爲は、同法の定めるところによる買收手続の過程において、下級廳たる市町村農地委員会のたてた買收計画に対して、上級廳としての見解を原農地委員会自体に対して表明する行爲、換言すると行政廳相互間の内部的な行爲に過ぎないものであつて、この行爲により土地所有者その他の者に対し具体的な法律上の権利、義務を発生させることを目的とする行爲ということはできないから、所謂抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないと解するのが相当である。しからば原告の被告縣農委に対する請求は、他の爭点についての判断をまつまでもなく失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 古川靜夫 中島誠二 谷口照雄)

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